まいにち、ももいろ。

「わたし」というアーティストの在り方

2018.9.22 sat.

 

名古屋は朝晩だいぶ涼しくなってきました。

みなさん風邪などひかれていないですか?

 

最近、私の活動はspadeboxやHeartLandといった、いわゆる「箱ライブ」が中心になっています。

 

名古屋に来てからはバーで演奏させてもらうことが多くなっていましたが、場所が変わると出会う人も変わり、毎回すごく良い刺激をもらっています!

 

パフォーマンスの仕方、物販の商品、控室での会話など、すべてが勉強になることばかり。嬉しいことにみんな同年代くらいの(ハッキリとは知らないですが笑)ミュージシャンばかりなので、話しやすいというのもあります。

 

みんな、目が本気!少しでもいい演奏を、少しでもお客さんの心を。

 

私は自分の限られた時間の中で、どれだけ本気で向かい合えただろうと思うのです。もちろん一回一回を大切に、一生懸命やってきたし、自分の曲が大好き。一人でも多くの人に自分の歌が響いて欲しいと願っています。

 

誰かのようにはなれない。他人と同じ人間にはなれない。だからこそ「わたし」というアーティストの在り方を、どう表現していこうか。

 

考えさせられた夜でした。

鬼束ちひろイベント

2月24日は久しぶりの東京遠征となりました。

 

大好きな鬼束ちひろさんのコピーイベントです。

 

とは言いつつ、オリジナルも披露して、CDも何枚か旅立っていきました。自分の歌が各地に広がっていってもらえること、本当に感謝です。

 

このイベントを通して、自分の音楽のルーツはたくさんあるけれど、鬼束ちひろさんも間違いなくその一人だったんだと、あらためて気づかされました。

 

なんというか「人の痛みがわかる音楽」な気がするのです。

 

鬼束さんご本人も言っていた、「人には必ず表と裏を併せ持って生きてる。私はその裏の部分を書いているんだと思う」(これを当時20歳ほどの女の子が言っていたと考えるとホント凄いのですが)という言葉のように、けして人前では見せられない感情が、曲の中にギュッと閉じ込められている。だからこんなに惹きつけられるのだと思うのです。

 

音楽って温かい。同じ音楽を好きな者同士が集まると、もっと温かい。

 

けして今すぐに目の前になくても死なないけれど、でも無くなってしまっては人は生きていけないのだと、改めて気づかされた一日でした。